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アジア・突撃 
激辛紀行
文藝ポスト(Vol.4)より抜粋
(文)椎名誠

 その昔、僕はラーメンのルーツを探るために中国麺類探索団を結成しあの大陸を歩き回った。さらに後にカレーの謎を求めてインドを歩き回った。あれから随分時は経ったが、このところにわかに気になる、香辛料の一つの雄とされるトウガラシの真実と謎について迫っていきたくなった。  探偵団のメンバーは、団長に本誌の阿部剛、以下団員は料理研究人リンさんこと林政明、料理うんちく傾け人Pタカハシ、死辛味愛好家のカメラマン山本皓一、そしてトウガラシ命を標榜するバカ旅行作家椎名誠、という顔ぶれである。 このPタカハシと山本皓一と僕の三人は件の中国ラーメン探索団、インドカレー調査団のいずれにも参加したメンバーである。我々の果 てしなき発作的探索追求の意欲は未だに衰えを見せないのだ。 二月のある日、 一行は成田から一気に厳寒のソウルへとんだ。 メンバーの中で韓国経験のあるのは山本皓一ただ一人。彼は写 真家の仕事で北朝鮮にも韓国にも数十回ずつ滞在しており、日本人にしては相当な韓国通 でもあった。
  金浦空港で我々を迎えてくれたのは申光通(シンカンスー)さん、山本皓一のかなり古くからの友人だ。
ソウルは人口1100万人、韓国自体全人口は四千七〇〇万人だから、規模としては四人に一人がソウルに住んでいることになる。東京とさして変わらないだろうと言う予測はあったけれどもまさしくその通 りだった。大人口を抱えたソウルの夜は日本以上に活気があった。  

  その日はとりあえずホテルに入り、夕食がてらそんな元気のいい町の奥深くを見ると言うことになった。行き先はソウル一の繁華街、明洞(ミョンドン)。高級ブティックと様々な飲食店が軒を接するファッションと食い物がバクレツ状に混在する歓楽街である。  申さんのとても分かりやすい日本語の説明を聞きながら、五人のおじさん達はにぎやかな明洞の夜の街を一列縦隊になってきょろきょろとあたりを見回しながら付いていく。気温は東京よりもかなり低く、申さんの話ではマイナス二、三度だろうという。通 りの商店は煌々と店内を照らし、あちこちからいろんなスタイルのソウルミュージックが流れてくる。道路の真ん中には屋台がずらりと並んでいて、左右の商店と屋台の間を川の流れのように人々が行き交っている。

 こういう盛り場の風景はもう東京では見られない。全体の爆発するような喧噪はお祭りの縁日のそれに近い。屋台は屋台で、左右に並ぶ商店街の音楽に負けないくらい、独自の音楽をぶっばなしており、音楽と音楽の洪水の中を人々がわさわさ泳ぐように動き回っているというかんじだ。

 高級ファッションブティックと大衆料理を中心とした飲食店が交互に並んでいるというのもおもしろい風景だった。どちらも人間の欲望をストレートに凝縮させたものであり、おしゃれをして易くてうまいものを食いたいという二大欲求にストレートに応えているわけだ。 人間にはもう少し別の欲求もある。そういったものもこの街の背後にはたくさん存在しているはずだ。